オフコンOS 誕生と発展の歴史

オフコンOS 誕生と発展の歴史

オフィスコンピュータ(オフコン)は1960年代初期に,中小企業や大手企業の事務処理現場の効率化を目的として開発が開始された.当初は伝票発行や各種元帳を作成する会計処理用計算機として開発されたが,コンピュータ技術の発達とともに次第に小型の事務用コンピュータに発展していった.1970年代以降,LSIなどの新技術を積極的に導入して発達し1980年代後半には汎用小型コンピュータに匹敵するところまで高度化した.1990年代に入ると,パソコンやオープンシステムの進展に従い,次第に小型コンピュータの主役の座はオープンシステムに移っていった.

オフコンはコンピュータの専門家がいないユーザが対象であるため,専門知識がなくても容易に使用できることが望まれた.1970年代の終わりごろにはCRTディスプレイを通してユーザとコンピュータが直接対話しながら処理を進めるインタラクティブ型のOSが主流になるなど,バッチ処理やオンライン処理が中心の汎用機とは異なった発達を遂げた.この間,オフコン特有のニーズに応える機能が数多く開発された,また,ユーザが直接日本語データを入力する必要があったため,日本語入力方式についても汎用機ではみられない種々の工夫が行われた.

40年にわたるオフコン発達の歴史は,オフコンのOSやソフトウェアの歴史であり,黎明期(1960年代〜1970年代前半),発展期(1970年代後半〜1980年代前半),成熟期(1980年代後半〜1990年代)に分けることができる.

黎明期(1960年代〜1970年代前半)

黎明期においては超小型電子計算機と呼ばれ,利用形態から伝票発行機,電子会計機(元帳処理用計算機),超小型事務用コンピュータに分類できる.最初期のオフコンとして,1961年にカシオ計算機のTUCコンピュライタ,NECのNEAC-1201,ウノケ電子(後のユーザック電子工業,現PFU)のUSAC-3010が発表され,1962年にはシャープからCTS-1が発表されたが,いずれも伝票発行機の範疇に入る.1965年には,汎用コンピュータを小型化したオフコンとして富士通からFACOM 230-10が,日立からHITAC 8100が発表された.しかし,この時期は伝票発行機,元帳処理用計算機が中心で,汎用の小型コンピュータはとくに価格の面から市場に広く浸透するまでには至らなかった. 1968年に三菱電機はMELCOM-81を発表し,はじめてオフィスコンピュータの名を使用した.これも電子会計機の範疇に属しOSは搭載せず,COOLと呼ばれるプログラミング環境が提供された.1970年に日立からビリングマシンHITAC-1が発表された.富士通からはFACOM 230-15が発表され,これにはOS“SPIRAL”が搭載された.

黎明期の終わりには,その後のオフコンの主流となる低価格の超小型事務用コンピュータが登場した.1973年に東芝が発表したTOSBAC-1350は,独立した小規模システムのほか,大規模システムのブランチマシン,リモート端末としても利用できた.同年,NECからはマイクロプログラム方式のNEACシステム100が発売された.同機は,伝票発行から一括データ処理,マルチワークまでの業務をカバーし,オンライン処理のターミナルコンピュータとしても利用できた.また,シャープは15種類のプログラムを同時処理できるマルチタスク機能をもち,固定ディスクによる仮想記憶方式を採用したHAYAC-5000を開発した.

発展期(1970年代後半〜1980年代前半)

この時期にはオフィスコンピュータ(オフコン)の名称が分類名として日本電子工業振興協会(電子協 JEIDA,現電子情報技術産業協会 JEITA) で定義され,正式に使用されるようになった.オフコンはわが国の中小企業の要求にマッチしたこともあり,この時期に目覚しい発展を遂げた.汎用機とは異なり,オフコンではCRTディスプレイを通して直接対話しながら処理を進めるインタラクティブ型のOSが主流になった.一方では,CPUの高速化,メモリの大容量化などの恩恵を受けて,汎用機で発達したマルチタスク,マルチジョブのOSがオフコンでも実用化され始めた.その結果,1970年代後半には,複数のワークステーションをローカルネットで接続し複数の業務を実行するマルチワークステーションが広く用いられるようになった.

1974年に富士通とユーザック電子工業はFACOM V0を共同開発したが,これにはFACOM Vシリーズ用OSとして開発された仮想記憶方式を採用したOS“UNIOS”を搭載し,多重度の異なるOSを提供した.同年三菱電機はMELCOM80モデル31を発表し多重処理のOS “AOS”を提供した.この時期に急速に普及したフロッピーディスク,固定磁気ディスク装置を積極的に採用することにより,下位のオフコンはフロッピーベース,上位のオフコンはディスクベースという製品スタイルが定着した.1974年に東芝はわが国で初めてフロッピーディスクベースのTOSBAC-1150システムVIシートファイルシステムを発表した.1975年にはフロッピーディスクベースのオフコンとして,内田洋行USAC820/富士通FACOM Bm,やカシオΣ-8000が発表された.

1976年に沖電気はディスプレイによる会話形式操作を可能にしたOKITAC System9シリーズを発表し,OSとしてディスクベースBOS/DとフロッピーベースBOS/Fを提供した.同年,NECはわが国ではじめてCRTディスプレイを標準装備したNECシステム100E,F,Jを発表し,翌年発売したマルチワークシステムでは8台のステーションの伝票処理とバッチ処理を同時処理するOS”OS-4”を提供した.三菱電機は1977年にAOSをマルチタスク化したDPSを提供した.同年東芝が発表したTOSBACシステム15,35,55シリーズはCRTディスプレイ付きオフコンで,OS ”MIGTY”を搭載し,システム55ではマルチタスクを実現した.1978年にはNECはわが国最初の本格的な対話型OS”ITOS”を提供し,NEACシステム150およびシステム100/40,60,80に搭載した.富士通が1979年に発表したFACOM システム 80ではマルチワーク処理を実現するOS ”CPS80”が提供された.

この時代になると,小型コンピュータの価格が低下したことから,現場で必要な情報は現場で処理し,本社に必要な情報のみ本社に送る分散処理が現実的になってきた.1970年代後半にはオフコンも,広く大手企業の工場や支社,支店などに分散配置され,本社の大型汎用機と通信回線で接続されるようになった.1977年に日立は「現場で必要な処理は現場で」という考え方にもとづきHITAC L-320を開発し,OSとして,L-320/PSを提供した.1978年に東芝はわが国初の分散処理用コンピュータDP/6を発表し,水平分散処理・垂直分散処理を実現するソフトウエアを提供した.

オフコンではユーザが日本語データを直接入力する必要があったため,すでにセンサパネルやペンタッチ入力を使ったコードレス入力や,インテリジェントキーボードによる日本語入力が行なわれており,これらは初期の日本語処理システムでは標準的な技術となっていた.また,対話型処理というオフコン特有の処理形態から,CRTディスプレイに対する日本語表示が急速に普及した.その後,日本語ワープロで開発された読みによる単漢字変換技術が実用化されるといち早く導入され,インテリジェントキーボードとともに,広く使用された.1978年に東芝は漢字対応CRT・シリアルプリンタを装備したわが国初の本格的漢字オフコンTOSBAC漢字システム15を発表した.これに続いて漢字対応機として,富士通のV-830,沖電気のOKITACsytem9K,カシオのΣ-8700が1979年に,三菱電機のMELCOM80 日本語シリーズ,日立のHITAC L320/30H, 50H, NECのNEACシステム50II,100II,150IIが1980年に発表された.沖電気は1982年には国産初のかな漢字連文節変換機能を搭載したOKITACsystem9Vシリーズを発表した.同シリーズではマルチタスク機能,リアルタイム処理,水平・垂直分散処理が可能なOS”CROS”を提供した.

発展期の後半には32ビットのオフコンが登場しだした.1982年に三菱電機はオフコンで初の32ビットアーキテクチャを採用したMELCOM 80 OFFICELANDシリーズモデル500を発表し,UNIXカーネルをベースにしたOS“DPS10”を搭載した.1983年に日立は多機能オフコンHITAC L-30,50,70シリーズで,32ビットで高機能のL-70用OS”MIOS-7”と,対話性重視のL-30,L-50用のOS”MIOS-3”とを発表した.1984年にNECは,国内初の32ビット1チッププロセッサを採用したオフィスコンピュータNECシステム100/58, 150/68, 150/78を発表し,リレーショナル型データベースITOS-RDBを搭載したITOS-4(V)を提供した.東芝は,同年,32ビットのTOSBAC Qシリーズ最上位機Q800を販売した.また,シャープは1983年にオフコンで初めてUNIXを搭載しCPUに16/32ビットのM68000を採用したOAプロセッサOA-8100を発売した.

成熟期:1980年代後半〜1990年代

高度成長に伴うデータ量の増大は32ビット化による高性能化をもたらすとともに,オフコンの利用は情報分析や意思決定支援などの分野にも広がっていった.またLANや表計算ソフトの普及などによりエンドユーザコンピューティングが進展した.これらのために対話型で検索などを行う第四世代言語がサポートされ,1987年には三菱電機からEDUET,1988年にはNECからSMART II EX,日立からETOILE・OPが提供された.またデータベースとして情報分析用検索に適したリレーショナルデータベース(RDB)がサポートされた.富士通では1983年に新Vシリーズ用UNIOS/F5のRDBを出荷しており,1988年にはKシリーズCSP/FXのRDB,1992年にはK6000シリーズASPのRDBを発表した.NECでは1984年にNEACシステム100/58,システム150/68,78用に,東芝は1987年にV-7000シリーズ用に,サポートしている.また,三菱電機では,1989年に発表したMELCOM80/GEOC GRファミリにRDB専用プロセッサGEROを搭載した.

1984年に富士通はFACOM Kシリーズを発表したが,これにはこれまでの2系統のOSを統合したCSP/F1,F2,F3を搭載した.同年,東芝はシングルアーキテクチャのトータルOAプロセッサのTOSBAC Qシリーズを発表し,OA向き機能に加えイメージ処理を実現した.1986年にはカシオから32ビットモトローラ68000を採用し日本語対応UNIXを搭載したオフコンSX-1000シリーズが発表された.1987年にNECはスタンドアロンから大規模システムまでプログラムの一貫性を維持できるOS ITOS-VXを開発し,大規模システム向きにマルチプロセッサを採用したNEACシステム3100を出荷した.1988年12月にオフィスコンピュータとクライアントPCのデータ連携機能,RDBサーバ強化,同年10月にネットワーク機能を強化した.1990年に日立は垂直分散,水平分散処理など,集中と分散を融合したネットワーク処理を実現するHITAC L-700シリーズのOSとしてMIOS7/ASを発表した.1987年〜1988年に東芝はこれまでのアーキテクチャを統合して多目的コンピュータV-7000シリーズをラインアップし,分散処理機能やアドバンストOA機能などをサポートするOS-Vを提供した.

1990年代に入って,オフコンとセンターの汎用機との間でネットワークを介したデータ交換が一層進行するとともに,オフコンにも汎用機と変わらない技術が求められるようになり,上位モデルではシステムの自動運転機能,障害からの自動復旧,ディスクなど主要部品の2重化などが採用された.1990年に東芝は協調分散処理指向のTOP90シリーズの販売を開始し,最上位のTOP90/70はCPUとディスクを2重化して高信頼性を実現した.NECは1990年に大規模システム向きの新OS“A-VX”を提供し,1993年にはNECオフィスサーバシステム7200シリーズ用OS A-VXIIを提供した.7200の最上位モデルではディスクアレイ装置を採用し,ホットスタンバイ機能も提供して信頼性を向上させた.

この時期にはMS-DOSやWindows OSとインテルの各種マイクロプロセッサとにより高性能低価格化したパソコンが急速にビジネス市場に浸透した.オフコンもパソコンのOAソフトを取り込み,オフコンのデータ処理機能との融合・統合を試みた.この実現のためにLAN接続によるパソコンとの連携機能がサポートされ,パソコンがオフコンの標準的なワークステーションとして使われるようになった.さらにWindows NTサーバやUNIXシステムが普及し始め,オープンシステムの低価格化,幅広い分野のソフト/ハードの整備,インターネットへの対応の容易さなどから1990年代中ごろからオープンへの移行が始まった.

各社独自のOSのオフコンをオープンシステムに切り替えるために種々の努力が行われた.1992年に富士通はオープン化とマルチベンダ化を指向したK6000シリーズとOS”ASP”を発表し,PC/WSとの連携強化を図った.1994年に三菱電機はオフコンのアプリケーション資産を活かしながら,オープンなクライアント・サーバ・システムを構築できるサーバ RX-7000シリーズを発表した.これにはOS”DPS-10”に対してパソコンやUNIIXとの接続性などを強化したOS“DP-UX”が搭載された.NECではWindows NT上で7200シリーズの命令をエミュレーションし,OS “A-VX”とアプリケーションを実行できるExpress5800/700シリーズを開発し1995年に出荷した.1997年にはA-VX IVが,オフィスサーバの資産を継承しWindows NTアプリケーションソフトとの連携活用が可能なOSとして登場した. 富士通が1997年に発表したGRANPOWER6000シリーズでは,インテルプロセッサ上でオフコンOS ASPの動作を可能にするため,マイクロカーネルを用意し,Kシリーズの資産を完全に継承できるようにした.