[概略史] NTTオペレーティング・システムの歴史

電信電話公社(現NTT)の計算機であるDIPS(Dendenkosha Information Processing System)のオペレーティングシステム(OS)の開発は,1968年(昭和43年)から開始した.DIPSに先立って,電電公社電気通信研究所では,パラメトロン計算機MUSASINO-1号,電話料金計算用トランジスタ計算機CM-100などの研究開発を行っているが,昭和41年より電電公社がデータ通信サービス(オンライン情報処理サービス)を開始したため,研究所でもオンライン計算機研究開発の必要性を認識し,DIPSの研究実用化が進められた.DIPSは,当時の電電公社のデータ3原則“全国的,公共的,技術先導的”に基づき,国産計算機の主要メーカである日本電気,日立製作所,富士通との共同研究として実施された.

(1)初期の研究段階のソフトウェア
オンライン情報処理サービスの経験の獲得と要員育成を主目的とするDIPS-0研究計画では,日立製作所と共同研究で,同社の商用機HITAC 8300にTSS機能を付加したHITAC 8300Mを使用,研究所内使用のTSSシステムを試作する内容であった.最初の1年間でDIPS-0 BASICと呼ぶTSSシステムの試作を行い,並行してカナコマンドを用いるDIPS-0 FINALシステムの研究を行った.
※TSS: Time Sharing System

(2)DIPS-103/105OS
DIPS-100システム基本概念(1970年)は,MULTICSやIBM System/360等の動向を展望し,最新のハードウェア・ソフトウェア技術を取り入れ,意欲的で斬新なものであった.
※MULTICS: Multiplexed Information and Computing Service
DIPS OSのプロトタイプとして,DIPS-101OS(1971年),会話機能を持つDIPS-102OS(1972年)を試作し,商用化に向けてOS基本技術の基礎を固めた.会話処理用OSとして,DIPS-103-10OSの実用化を進め,1973年12月末にDIPSシステムの商用第一号として,DEMOS-Eサービスに適用された.実時間システムRTS向け機能の開発も並行して行い,DIPS-103-20OSは実時間固有機能をリアルタイムパッケージ化する階層構成を採用,DIPS-103-21OSの初版は1975年に完成,DRESSシステムなどに導入された.時分割システムTSS向けOSは,DIPS-105OS計画として,計算機間通信機能を中心とする開発を実施,これによりDEMOSサービスにおいて,国内で初となる全国規模の計算機ネットワークの構築が開始された.
※RTS: Real Time System
※DRESS: Dendenkosha REaltime Service System
※TSS: Time Sharing System

(3)DIPS-104OSとリアルタイム処理・会話処理の統合
DIPS-103/105OSの開発と並行して,RTSとTSSを同時に制御する,マルチサービス適用OSの検討も進められたが,ナショナルプロジェクト向きの大規模リアルタイムシステムに対するニーズが具体的になってきたことから,DIPS-104OSはDIPS-103-20系の後継となるリアルタイム用OSとして位置づけ,DIPS-104-01OSとして1974年から開発を開始,郵政省貯金局システム,全国銀行為替システムなど大規模なナショナルプロジェクトへの導入が進められた.DIPS-104-01OSの初版の完成に続き,当初の構想に基づいて,RTSとTSSの統合OS開発の検討に着手,DIPS-104-01OSの基本機能をベースとしてDIPS-105OSからTSS固有部分を切り出してパッケージ化して構成し,DIPS-104-02OSおよびTSPとした.DIPS-104-02OSは,TSS機能の流用,TSS処理プログラム互換確保のため,基本機能の見直しや改良を重ね,結果として1種類のOSで全サービス領域への適用が可能となり,以降の開発や維持管理コストの大幅な削減を果たした.DIPS-104-02OSは,1980年11月には,DEMOS-Eサービスに導入された.
※RTS: Real Time System TSS: Time Sharing System
その後,大規模データベース向けファイル処理を専用プロセッサ化(BEP方式),外部記憶装置を複数計算機で共有するLCMP方式のサポート,センタ内分散,ネットワークによる分散への対応など分散処理機能の拡充をはかり,DIPS-104-03OSとして,延べ30以上のシステムに商用導入された.
※BEP: Back End Processor LCMP: Loosely Coupled MultiProcessor

(4)DIPS-106-10/20OS
中大型から小型システムまで対応し,ネットワークシステム全体を統一的に制御するOSの開発に着手,昭和59年3月にDIPS-106-10OSを完成,小型システムとしては病院情報システムや線路管理など数多く導入された.計算機の導入が進むにつれて,リアルタイム処理で収集したデータを会話処理で加工し,実時間/会話処理間でデータの共有を図りたいという要求が高まり,複合処理の実現に向けて,VTOCに基づくファイル管理システム対応,会話処理用高速ジョブ起動,高速入出力資源割付機能など,ジョブ管理機能を中心とする機能拡充を行い,DIPS-106-20R1OSを1984年に完成した.
※VTOC: Volume Text Of Contents
1981年から検討に着手した次世代のDIPSの基本アーキテクチャでは,当時,銀行の第三次オンライン化の検討が開始された頃であり,情報系を含む大規模無中断システムの実現に取り組み,高速の光ループを用いて,複数台のホストコンピュータやFEPを接続し,制御プロセッサにより全体を制御する複合構成システムアーキテクチャを実用化することになった.1982年からDIPS-106-20R2OSの開発に着手,郵政省貯金局,新全国銀行協会為替などに導入された.その後,DIPS-106-20OSはR3,R4と機能拡充を実施,社内利用を含む100以上のシステムに導入された.1987年からはハード更改に対応してDIPS-106-21OSの開発に着手,R1, R2と改良を実施した.1992年頃には,市販コンピュータ技術の発展,ダウンサイジングの進展などを背景として,DIPSを取り巻く周囲環境の変化を受けて,DIPS11-5Eシリーズの完成をもって,DIPS OSの開発は終了,維持管理に移行した.

(5)仮想計算機制御用OS(VM)
仮想計算機制御用OSである仮想計算機(VM)は,DIPSソフト開発の結合試験工程作業の効率化を目的として,1976年より研究開発に着手し,第1版を1978年度より運用開始した.以後,1981年には第2版,1986年に第3版,1990年に第4版を開発した.
※VM: Virtual Machine

(6)通信制御プログラム(CMP)およびデータベース管理システム(DBMS)
電信電話公社(現NTT)の計算機であるDIPSは,オンライン情報処理サービスの提供を目的としており,通信管理プログラム(CMP) およびデータベース管理システム(DBMS)はその核となるソフトウェアである.
※CMP: Communication Management Program DBMS: DataBase Management System
1960年代の初期オンラインシステムにおける通信は端末と計算機間でのデータ送受信が主であり,通信の取り決めは伝送制御手順と呼ばれ,通信管理プログラムはこれを実現するプログラムとしてスタートした.1970年代後半になるとパケット交換網の登場などにより,伝送制御手順はより高度化し,オンラインシステムは分散型ネットワークへと発展,さらにはファイルやデータベースへのアクセスをはじめ文字データだけでなく図形や音声を組み合わせた情報を送受する必要性も高まった.これに伴い,通信プロトコルの整備体系化が進み,通信制御プログラムも対応を進めた.さらに将来にわたりデータ通信網を継続的に発展させるために,ネットワークの論理的な構造とコンピュータや端末の相互接続を可能にする通信プロトコルを体系的に定めるネットワークアーキテクチャの検討が進められ,通信制御プログラムはネットワークアーキテクチャの具現化として対応を進めた.データベースの研究実用化は,当初,参照処理を主体とする情報検索を主目的とするDORISの開発を実施,記事検索システムやCAPTAINシステムに適用された.ついで,CODASYL仕様に準拠した本格的データベースシステムDEIMSの開発を進め(DEIMS-1),大規模化・ネットワーク型・性能重視(DEIMS-2),さらに分散処理対応(DEIMS-3)等に展開し,各種サービスに次々に導入された.さらにリレーショナル型対応(DEIMS-4),マルチメディア対応(DEIMS-5)の開発を行った.
※CAPTAIN: Character And Pattern Telephone Access Information Network
※CODASYL: Conference on Data Systems Languages
※DEIMS: DEndenkosha Information Management System

(7)DIPS-CTRON
1984年電電公社(現NTT)通信研究所において,ソフトウェアのモジュール化議論がなされ,特に交換機のソフトウェアと情報処理ソフトウェアの共通化の観点から情報処理DIPSと電子交換機DEXのソフトウェアの共通化の検討を実施,これらの検討をふまえて,共通OSの研究開発に着手した.いくつかの関連の標準化動向を踏まえ,リアルタイム処理向けをねらいとして民間のコンソーシアムとして不偏不党の立場にあったTRONプロジェクトで検討が進められていたリアルタイムOSをベースに通信処理に適用可能なリアルタイムOSのインタフェース規定であるCTRONの規定に基づいて,DIPS-CTRONの研究開発を進めた.