【航空宇宙技術研究所】 NWT(数値風洞, Numerical Wind Tunnel)

航空宇宙技術研究所(以下,航技研,2003年10月より宇宙航空研究開発機構 JAXAに統合)の「数値風洞(Numerical Wind Tunnel)」(以下,NWT)は,当時航技研部長であった三好甫がリーダシップをとって富士通と共同で開発した並列スーパーコンピュータシステムであり,1993年1月に稼働した.1993年から1995年の間,TOP500 Supercomputer Sitesにおいて世界最高速を記録し,その後も1997年11月まで3位にとどまるという画期的な記録を残し,導入されて以来9年間使用された.

航技研では1960年代から計算機をデータ処理や航空機空気力学解析法の開発に利用してきたが,1977年に富士通との密接な協力関係による開発で導入した国産初のベクトル計算機FACOM230-75APUの経験を踏まえ,数値シミュレーションを本格的に実行するため積極的な共同開発によるスーパーコンピュータの導入と数値シミュレーション技術の発展を図ってきた.1987年の第1期数値シミュレータ NS-Iでは,中核マシンとして FACOM VP-400を導入し,三次元翼の粘性解析や全機形態の非粘性解析を可能にしたが,その先のシミュレーションを可能にするためにNWT開発が計画された.

NWTはナビエ・ストークス方程式をベースとする圧縮性粘性流解析技術の実機開発への適用を目指し,パラメータ解析のために100万格子点の計算を10分で行えるように,FACOM VP-400の100 倍以上の実効性能を目標に開発された.この実現のため,ベクトル型スーパーコンピュータをクロスバ・スイッチで結合する分散主記憶型並列ベクトルコンピュータの方式が考案された.NWTの最終仕様は,1台当たり1.7GFLOPSの要素計算機(Processing Element)166台と制御計算機2台から構成され,ピーク性能280GFLOPS,主記憶容量44.5GBである.

NWTの要素計算機PEは,CPUとメモリとで構成される.CPUボードではBiCMOS,ECL,GaAsの3種類のLSIが使用された.冷却は2系統から構成された.CPUボードの冷却は,内部に冷却水が貫通するバネ性の銅製ベローをLSIパッケージ表面に押し付け,LSIから発生する熱を水に逃がし,LSIを121個循環した後は,冷却水は次のCPUボードへと直列に循環していき,熱交換器に集められる(1次冷却系).1次系の熱は建物の外に作った2次系の冷水設備から供給される冷水で取っていた.メモリは,CPUボードの背面に接続され,強制空冷にて冷却されたため,水冷とともに通常の空冷設備も併用された.4段重ねのPEボードを通り過ぎてキャビネットの最上段から排出される空気の温度は45℃くらいになった.

ユーザ側から見たNWTの特長として物理分散メモリにおける論理共有(グローバル)空間の構築が挙げられる.このソフトウェア技術を容易に実現するハードウェアMoverが実装された.大規模解析を常とする空気力学解析(CFD)では各要素計算機に分散される配列データを共有空間としてFortranで定義できることは既存コードの移行や新しいプログラム開発を並列計算機上できわめて容易にし,航技研の研究開発推進に大いに寄与した.

NWTの導入により,航技研では本格的に並列シミュレーションを行うことが可能になった.乱流シミュレーションなどの基礎研究から国産宇宙往還実験機HOPE-Xや小型超音速実験機NEXSTなど航空機,宇宙機開発まで幅広い分野で用いられ,きわめて高い実効処理性能を示した.

なお富士通が1992年9月に発表したFUJITSU VPP500はNWT開発計画に基づく商用機版である. NWTとFUJITSU VPP500の主たる違いはクロック周波数とフロントエンド・プロセッサである.

NWT主要諸元
計算ノードPE 166台
制御ノードCP 2台
ネットワーク クロスバネットワーク421MB/s x2 
PEメモリ 256MB(ただし4PEは1GB)
クロック周波数 9.5ns
PE性能 1.7GFLOPS
全体性能 280GFLOPS
45GB
フロントエンドプロセッサ NWT-FEP 63.8MIPSx2 256MB
CP/PE OS UXP(UNIX SVR4ベース)
FEP OS MSP, UXP(UNIX SVR4ベース)
言語 NWT-Fortran, FORTRAN-77, Fortran-90, C
並列化ライブラリ PVM, PARMACS,MPI
全消費電力 1,000kVA(3kW/PE)

NWT(Numerical Wind Tunnel 数値風洞)全体像の一部NWT PE ボードNWT PE LSI配置図
 
NWT-4 NWT PE(ノード)のPE LSI,メモリーカード,水冷モジュールの構成NWT 筐体内水冷モジュールの構図(同一構造のVPP500から)