【理化学研究所】 数式処理計算機FLATS

理化学研究所では,1975年頃より汎用計算機上で利用できる数式処理システムを使用し,電子ビーム収束偏向系設計公式の誘導などの成果を上げてきた.このような背景のもとに,より複雑な問題も処理可能な数式処理システムの開発が検討され,高性能な数式処理専用計算機を中心に,実用的な数式処理システムを構築するというFLATSプロジェクトが計画された.1979年から予算化され,5年度にわたり実施された(予算総額約4億円).FLATS計算機は,理化学研究所の設計のもとに,三井造船が製作した.その設計に際しては,富士通の協力を得た.

東大教授であり,理研の主任研究員を兼務し情報科学研究室を主宰していた後藤英一は,当時ハッシングをLispに適用するHLispの着想を得て東大でその研究に没頭していた.そして数式処理の1つであるREDUCEをHLisp上で走らせることを考えた.REDUCEは組み込まれたSlisp上で走るかたちで汎用機に移植され,広く利用されていたが,後藤は「汎用機でREDUCEを走らせるのは靴の底から足の裏を掻くようなものだ」とよくいっていた.FLATSプロジェクトこの話を聞いた特許課の吉田徹が関係部署に働きかけたのがきっかけで始まったといわれる.

FLATSとはFormula, Lisp, Association, Tuple, Setの頭文字を並べたもので,開発した数式処理計算機において,高速化を目指す言語,処理方式,あるいは組み入れられるデータ構造を,それぞれ示している.システム全体はバックエンドプロセッサとしてのFLATS本体,入出力,保守運転管理を行うフロントエンドプロセッサ(SVP)からなる.

FLATSシステムの特徴といえる種々の高速化技法には:

  • 高速処理を可能とする並列ハッシュ検索機構;
  • Lisp基本操作および条件判定ハッシュ検索機構;
  • 高速アクセスを可能にするデータ用個別キャッシュメモリ;
  • ゴミ集め専用命令群の採用;
  • 先行制御による分岐,呼び出し,復帰命令実行時間の他命令への吸収;
  • データ型の実行時検査;
  • レジスタ用メモリの3ポート化とCPU命令の3オペランド化;
  • 多倍長データの演算機構;
  • 仮想メモリのハードウェア支援およびソフトウェアによる領域分割;
などが含まれる.

FLATSのハードウェアはECL論理素子約23,000個,MOSおよびTTL論理素子約11,000個で構成される.これらを約2,000枚のプリント基板に実装した.プリント基板を格納する筐体は115cm×70cm×161cmの大きさで,324枚まで格納可能である.FLATSはこのような筐体7個で構成してある.消費電力は全体で約100KVAであり,冷却には強制空冷方式を採用した.基本素子速度またはクロックが8倍程度速い汎用計算機と同等以上の性能を上げ,LISP専用アーキテクチャの有効性を示した.FLATSの経験を生かし1986年から「後藤磁束量子情報プロジェクト」においてFLATS2が製作された.

FLATプロジェクトには,後藤以下,相馬嵩ら理研のメンバおよび東大のメンバが参加した.

(相馬嵩:「数式処理計算機FLATS」,情報処理,Vol.43,No.2,pp.123-124(2002)より編集)


 
理化学研究所の数式処理計算機FLATSの筐体数式処理計算機FLATSの筐体の配線面