JIS C 6226 情報交換用漢字符号系の制定

「JIS C 6226 情報交換用漢字符号系」は,1978年1月に制定された,コンピュータに使用する,6,349字の漢字と453字の非漢字とそれらの位置符号とを規定した,最初の日本工業規格である.

コンピュータに使用する文字とその符号である「情報交換用符号」あるいは「文字コード」の国際的な標準化は,1967年にISO(国際標準化機構)が勧告した「ISO R 646」で始まった.しかし,ISO R 646で規定されている7ビットでは128字に制限され,漢字などを含めることはできないため,7ビットという制限の下で,使用できる文字コードを拡張する方法「拡張法(extension)」が必要とされていた.当時,情報処理にかかわる国際規格や国内規格を審議する「規格委員会」が情報処理学会の中に設置されていた.その委員長である和田 弘は工業技術院に漢字のための拡張法を検討することを提案し,1969年12月,規格委員会の中に,「漢字コード委員会」を設けた.委員会の主査は,国語学者であり,当時文部省初等中等教育局視学官であった林 大に委嘱した.林は国学者を集め,日下部重太郎による『現代国語思潮』続篇に付載された漢字表の「日下部表」を中心にして検討を進めた.日下部表のほかには,代表的な辞書,新聞社や活字会社の活字表,漢字に関する調査報告など18点の資料を調査し,1971年に,6,086字を収めた「標準コード用漢字表(試案)」をまとめた.しかし,位置符号については結論を出すに至らず,『康煕字典』以来の部首順に従って仮に配列されていた.位置符号を含めた配列の検討は,その後の委員会が引き継ぐことになったが,試案自体は同年10月に公表された.

その試案は,電子計算機による行政情報の処理の高速化を必要としていた行政管理庁に注目された.行政管理庁は,この試案にある漢字の,官報での使用頻度を調べ,そのほか7点の漢字表での掲載の有無を検討して,1974年3月に2,817字を収めた「行政情報処理用標準漢字選定のための漢字使用頻度および対応分析結果」を作成した.

同年4月,日本情報処理開発センターは,工業技術院から「情報交換のための漢字符号の標準化」を委託され,森口繁一を委員長とし,すべてのメインフレームのメーカから代表が参加した「漢字符号標準化調査研究委員会」を発足させた.その委員会に行政管理庁が作成した上記の資料が提示されたが,委員会は,実用上の観点から2,817字では足りないとし,当時の社会で必要とする漢字の集合を定めることを目指した.2年間検討した末に,漢字6,350字と非漢字453字の計6,803字を収めた「日本工業規格(案)『情報交換用漢字符号系』」をまとめ,1976年3月に工業技術院に報告した.この規格案では,37点の資料での頻度順で入れるという基本方針に加え,人名と地名に用いられている漢字は入れるという方針が採られた.すなわち,漢字の種類は,実質的には「標準コード用漢字表(試案)」に,行政管理庁の資料と「国土行政区画総覧使用漢字」と「日本生命収容人名漢字」との3点の資料にある漢字を追加したものであり,頻度を考慮して,「第1水準(2,965字)」と「第2水準(3.385字)」とに分類し配列された.第1水準は,代表的な音または訓の順に,第2水準は部首画数順(康煕字典順)に配列された.

この規格案は,工業技術院から日本工業標準調査会に付託され,森口を委員長とする「情報処理部会漢字符号系専門委員会」で審議され,一部修正を加えられて,「日本工業規格JIS C 6226-1978 情報交換用漢字符号系」として1978 年1月に制定された.この規格では,非漢字(453字),第1水準(2,965字),第2水準(3.384字)の計6,802字を規定した.

規格が制定されると,その年の9月には,初の日本語ワードプロセッサであるJW-10が発表されるなど日本語による処理が本格化する契機となった.