【電電公社】 通研ELIS

ELISはNTTが電電公社時代の最後(1985年)に開発したLISPマシンである.ELIS(エリス)の名前はNTTの電気通信研究所(Electrical Communication Laboratories : ECL)に由来し,Ecl LISt processorから採ったもので,1966年に池野信一らが作ったリスト処理系につけた名称を復活したものである.

当事LISPマシンを作るなら大型の本格的なLISPマシンであなければならないという考えが強かった.一方,1980年代はVLSIの幕開けでもあり,NTTも超LSI開発のプロジェクトを発足させていた.日比野靖(当時,電電公社武蔵野電気通信研究所)はLISPマシンが1チップのLSIでできるのであればLSI化を初めから視野に入れた開発でなければならないと考えた.LSIに向いた規則的な構造として,初めにメモリ汎用レジスタMGRが着想した.リスト構造の単位であるセルにアクセスするレジスタを複数設け,それを演算器のソースレジスタとデスティネーションレジスタにする.また,MGRはメモリデータレジスタにもアドレスレジスタにもなる.こうすることにより,メモリ操作と演算とを絶え間なく行えるだけでなく,演算操作もメモリ操作を同時並行に行えるようになる.

詳細なアーキテクチャを定めるにあたり,採られた基本方針は,「本質的に同一の機能は同一の回路で実現する」というものである.MGRを中心にLISPの処理に必要なさまざまな機能を統合していき,CAR/CDRの同時読み出し,1バイト/2バイト文字の切り出しと挿入,タグの判定/設定等がMGRと演算器を中心にまとめられた.

ELISへの着手は1978年である.1982年から武蔵野研究所でLSI化が試みられる.1983年秋,試作LSIが部分的に動作し,同時期に竹内郁雄らによるマルチパラダイム言語処理系TAO/ELISが動き出す.TAOは単なるLISPではない.論理プログラミング,オブジェクト指向そして関数型のLISPの3つのプログラミングパラダイムをS式構文のなかで融合的に取り扱うのが特徴である.LSI化が行われている間,竹内らはELISをターゲットに20キロステップを超えるマイクロコードによるTAOインタープリタのコーディングが進められていた.試作機はHydrogenと名づけられた.1983年9月9日に25ミリメートル角の巨大なチップのプロセスが上がった.同じ日にTAOの処理系も試作機上で動き始めた.

1985年より,横須賀研究所にて実用化開始,沖電気工業の協力より商用LSIを開発,AIワークステーションとして発表(1986年).1987年のISSCではTI社のLISPチップと並んでELISの論文が発表された.

1987年NTT-IT社設立,ELIS-8100として発売.直ちに後継機(ELIS-8200)の開発を行う.組込み用のボード型モデルELIS-VMEも開発した.1989年,ELIS-8200を発売.1991年以降はIT社はELISビジネスから撤退を始め,1993年撤退を完了する.

(日比野靖:「通研ELIS」,情報処理,Vol.43,No.2,pp.118-120(2002)より編集)


  
NTT通研のLispマシンELIS-8100