公開日:2017年12月15日
最終更新日: 2025年7月17日
最終更新日: 2025年7月17日
1946年に創業された樫尾製作所では,当初は顕微鏡の部品や歯車などを作っていた.当時日本では機械式の手回し計算機が多く使われていたが,1949年の「一目でわかる経営合理化展」で展示されていた外国製電動計算機に触発された同社はリレーを使った計算機の開発を開始した.試作機は1956年に完成した.続いて1957年6月に最初のリレー式計算機の商品「カシオ14-A」を完成するとともに,樫尾計算機(株)(1960年にカシオ計算機(株)と改称)を設立した.
リレーは電磁石を使ったスイッチの一種で継電器とも呼ばれ,電話の交換機などに大量に使用されていた.黎明期のコンピュータにも応用されたが,接点を持ったその構造から,恒温湿の防塵室などに設置するのが普通であった.同社は一般の事務所での使用を考え,信頼性や防塵に配慮し,小形の机ほどの大きさに詰め込めるリレーの数で14桁の四則算を行える計算機14-Aを完成させた.14-Aは341個のリレーを使い,表示には小さい豆ランプを使用した.当時の電動計算機では置数と答えが別の窓に表示されるのが普通だったが,14-Aの表示窓は14桁のもの1つのみで,入力した数字は消えて答えが表示されるという,現在では一般的な表示方式が用いられた.また,当時は各桁に数字ボタンが縦に並ぶ「フルキー」方式であったが,14-Aでは現在の電卓と同じ数字キー10個の「テンキー」方式が初めて採用された.14桁加減乗除の他,個々の積と累積,乗数の和と累積が可能であった.14-A は完成後も何回か改良が行われており,大きさ等にも変化がある.1958年のカタログでは大きさは幅101cm×奥行42cm×高さ78cm,重量は120kg,価格は48万5千円.また,リレーの個数も改良に伴う若干の変動がある.電動計算機や手回し計算機に比べて静粛で,演算が速いため好評を博し,官庁,証券会社や一般企業の事務部門などに導入された.1958年には東京発明協賛会会長賞を受賞した.
その後,技術計算や統計計算などで平方根を求めたいというニーズに答え,1959年5月に65万円の14-Bを発表した.14-Bは大学や研究機関などの技術部門にも数多く採用された.