日本のコンピュータパイオニア

坂井 利之坂井 利之
(さかい としゆき)
1924〜

坂井利之は1924年10月19日,大阪府生まれ.1947年京都大学工学部電気工学科を卒業,直ちに大学院特別研究生となり, 5年間マイクロ波の研究に従事した.1950年代後半, 京都大学に新設された有線通信講座担当の前田憲一指導の下に, 通信工学ならびに電子計算機の研究開発を開始.1959年文部省機関研究費(2年)を得て, 電気試験所ETL Mark Vのトランジスタ・ダイオード回路を改良した京都大学ディジタル計算機KDC-1(Kyoto university Digital Computer-1.日立製作所が後にHITAC102Bとして商用化)設計製作の大学側実動部隊の中心となった. 引き続き5年後にKDC-1が次期計算機と交替するまで,その運営に当たり,清野 武萩原 宏, 矢島脩三などと分担協力して,建屋の内部構造設定,ソフトウェア開発, マニュアル作成などに尽力した.

一方,坂井はディジタル技術の基礎的研究として,パターン認識の対象に電話のメディアである音声を取り上げ, 1960年前後から日本電気と協同研究を行い,その後文字,文書をも対象に加えて,日本のパターン認識の研究・開拓の先駆者と言われている.

坂井は1960年から京都大学工学部電気工学科教授として有線通信工学講座を担任,1970年以降は,新設の情報工学科の教授として情報基礎論講座を担任,その間計算機技術ならびに通信工学に関連して著作,学会活動,業界との協力など,多くの寄与があった.

1967年日本で初めて研究室専用のコンピュータとして NEAC2200/200を導入,そのキャラクタマシンの特徴を活かした同軸ケーブル54本による伝送・制御の並列化を日本電気と協力して,堂下修司,長尾 真などとともに行い,膨大なデータ量と対話処理の必要な画像情報・音声情報への対処を可能にした.このシステムは1970年大阪万博住友童話館において人間の顔の認識と性格判断のショーに使用された.

さらに,複数のコンピュータのチャネル結合(OLA)仕様に基づき,コンピュータコンプレックス(NEAC2200とMACC7/F,MELCOM70,TOSBAC40,FACOM U200)を開放型で構成し,パターン情報処理のハードウェア,ソフトウェア両面から高速化と,世界初のマルチメディア対応を実現した.

また1973年には,教室内分散の端末計算機をIMP(Interface Message Processor. NEAC3200/50を使用=米国のARPANETで使用されたHoneywell DDP516と同機種)を介して結んだ星型LANの KUIPNET(Kyoto University Information Processing Network)において,画像処理,音声処理などの目的ごとに主計算機NEAC2200/250との接続を切り換える方式を採用し,研究を24時間体制で行うことになった.1983年には主計算機NEACをMS190とし,パソコン,ワークステーションをも加え,画像や音声の入出力を可能にした(世界初).

さらに1985年より3年間,文部省の特別の費用により,世界初のマルチメディア情報処理ネットワークIMES(Integrated Media Environment System)を構築し,その威力の実証に成功した.コンピュータ(端末機器)の機能,伝送帯域の不足から完全な分散型,並列処理にはならなかったものの,内外12社の協力で30以上の異なるメーカの機器,端末を接続した開放型であった.

坂井はまた1976年から5年間,東京大学,京都大学, NTTの三者協力による大型計算機センター間のN-1ネットワークの開発に従事した.このネットワークは異機種間のファイル転送などに実用された.

坂井は1988年3月,京都大学を定年退官,新設の龍谷大学理工学部(第3キャンパス.滋賀県大津市)の学部長に就任,同大学の教育,研究,事務,図書館業務などのためのLANとして, RINS(Ryukoku university Information Network System)を建設,IMES関連のメーカに依頼して, IBMの計算機に,ソニー,日本電気のWS(100台規模)やその他各種WS,PCなどの機器を結合して教育,研究に実用した.RINSは学部創設から5年間,毎日の授業(1学年当たり400人)に一度の支障もなくサービスを提供できた.RINSは当初から半年分の計算機実験・演習の教材をアーカイブでき,学生の学習進度に合わせていつでも利用できるようになっていた.

1970年代初頭に伝統的な数値計算ではなく,今日大きな発展を見せているマルチメディアとネットワークについて焦点を当てて研究と開発を行えたのは坂井の将来を見通す着眼と各界の物的・人的支援協力があったからといえる.以上述べた坂井のマルチメディアとネットワークの統合的研究は,今日のITの黎明期の研究であって,真にパイオニア的な業績であると言われている.坂井のこれらのパイオニア的な研究およびこれまでの独創的な研究教育および社会活動に対しての貢献に対して日本政府は1996年文化功労者として顕彰した.

2006年には京都大学総合博物館が春季企画展として,「コンピュータに感覚を」のテーマの下に,京大情報学パターン情報処理の系譜が,3カ月にわたって展示された.

この中には,1960年代前半から80年代後半に坂井研究室で取り組んできた,音声から始まり文字・文書や画像といったパターン情報のコンピュータ処理のあゆみ,資料,記録,ビデオを軸として一般向きに展示され,それらの体験型システムまで新たに作成された.後続の長尾研究室・堂下研究室の90年代までの研究と,さらに最近の話題の映像の動的対話処理を加えて,楽しめる展示とされたもので,多くの層の参加者があったと聞いている.


(2006.10.13現在)