日本のコンピュータパイオニア

末包 良太末包 良太
(すえかね りょうた)
1925〜1987

末包良太は1925年2月8日京都市に生まれた.第三高等学校を経て東京帝国大学工学部航空学科に入学,1948年3月同学応用数学科を卒業した.同学助手を経て,1951年3月電気試験所に入り,材料部数学研究室に勤務, 駒宮安男とともに1952年,継電器式自動計算機のパイロットモデルETL Mark Iを完成した.これは我が国最初の逐次式自動計算機であった.

末包と駒宮は引き続き本格的な大型継電器式自動計算機ETL Mark IIの開発に着手し,高木正英,桑原 繁らとともに1955年11月にこれを完成した.日本では最初であり,リレー計算機として世界最大,最高速のものであった.

末包は1965年10月論文「巡回p進数の理論と応用」を提出して東京大学から工学博士の学位を授与され,また1966年4月から翌年2月まで計算機理論に関する調査のため東欧に出張した.その頃から末包は内外のコンピュータの歴史に強い関心を持つようになった.

末包は1970年に情報処理学会創立10周年を機として設けられた歴史研究委員会の主査を務め, 1972年2月頃まで日本のコンピュータ・パイオニアに講演を依頼したり,取材したりしたが,結果を出版物などとしてまとめるには至らなかった.

1973年4月,末包は電子技術総合研究所パターン情報部数理基礎研究室長から山梨大学に電気工学科教授として転出した.

1987年10月24日没.


(岸本 行雄・和田 英一)