室賀三郎は1925年3月15日沼津生まれ.1947年東京大学電気工学科を卒業後,国有鉄道技術研究所に就職し多重通信方式の理論研究に従事.ベル研究所のVisible Spee chの本に刺激され世界最初の音声タイプライタの特許を申請,CCIRのジュネーブでの総会に論文を関英男と共に発表.1950年に電波庁に勤務し電波法のための基礎データ作成.1951年より日本電信電話公社の電気通信研究所に移り,情報理論の研究に従事.C. Shannonが基礎概念として定義したが解けないと論じた通信容量の解法を示して学会の注目をあびる.
1953年にフルブライト奨学金でMITに留学,秋から研究助手として誤り訂正符号の研究,1954年より半年イリノイ大学に研究助手として留学.当時アメリカには大型コンピュータは 5,6 台しかなかったが,イリノイ大学のイリアックのみが教育に解放されていたため,大型コンピュータの使用経験を持つ最初の日本人になる.帰国後,通信機や電子製品の製造会社での講義の他,著書,雑誌への寄稿,委員会活動などコンピュータ技術の普及に努力し,黎明期にあった日本のコンピュータ産業の立ち上げに貢献した.また東京大学の後藤英一とパラメトロンを使ったパラメトロンコンピュータを高島堅助などとともに設計,建設,運営をした.
パラメトロンは(0,1)入力に1と0のどちらが多いかによって出力が1か0になるという多数決の原理に基いて動作する.しかしハードウェアの実現には問題があった.しきい値論理という入力の多数決による新しいタイプの論理回路設計理論の着想を得て1958年に発表.しきい値論理はこの多数決動作を不等式で表わすことによりAND,O R,NOTの他,NANDやNORも含めて扱える.従来の論理回路設計理論はブール代数に基ずくが,不等式に基ずくという今迄にない論理回路設計理論が生まれたことになり,それ迄知られなかった回路の性質が発見できることになった.1960年アメリカに移り,IBM Research Centerに勤務.
1964年イリノイ大学に移り,しきい値論理の本を英文出版し,ニューロネット研究者に人気を得る.次に茨木俊秀,田口友康らとしきい値論理を整数計画法に拡張し,ゲート数や回路の段数などの最小な論理回路が設計できるようになった.従来の論理回路設計理論はブール代数に基いており,最小積和か最小和積を求めてからトランジスター回路に変換するのでゲート数や回路の段数などを最小にするのは困難である.これに反し,しきい値論理では不等式を扱うので,容易に整数計画法に拡張でき,ゲート数や回路の段数などを最小にできる.
しきい値論理では整数計画法の副産物として,入力数(何百,何万であろうと)に関係なくNORゲート最小数のリップル加算回路やパリティ回路を黎鴻志,櫻井彰人などとともに発表.それまでは入力数が小さい場合しか扱えず,ゲート数最小の設計努力をしても最小になったかどうか確かめる方法がなかった.この加算回路はフル・アダーを繰返した従来の加算回路とはまったく異なるし,またゲート間配線の数が最小なことを証明した.その他独特な性質を持つ.
この整数計画法は大きな論理回路設計には時間がかかりすぎるので,ゲート数を最小にしなくても短時間に大きな回路が得られる方法を上林弥彦らと共に,整数計画法で得られた多数の論理回路を参考にしつつ展開した.この手法をTransduction法という.それまでの論理回路設計法は一度実現すべき論理関数を実現すればおしまいだが,Transduction法は何らかの手段で得られた論理回路の単純化である.したがって,もとの論理回路より悪くなることはない.単純化は論理回路出力を変えることのない論理回路の変換とpermissible functionという新概念に基いた冗長な配線除去による.Tran sduction法は最良の論理回路の新設計法として世界の業界で採用され,一部の大学は授業に採択.
以上の研究に関する論文多数のほか,Britannica,その他ハンドブック多数に寄稿.当時最新のVLSI技術を網羅した1982年John Wiley社出版の本はロシア語などに翻訳.現在改訂中.
イリノイ大学では2002年まで38年にわたり教鞭.教え子にはDell Computer,Sun M icrosystems,Silicon Graphicsの副社長,United MicroelectronicsのCEOになるなど業界での成功者が多いが,2002年そのうちの一人が巨額を寄付して室賀の名の付いた冠講座を設置した.普通,冠講座には寄付をした人の名前をつけるが,そうしないのは非常に珍しいとされる.この講座は毎年利子だけが使われるので永久に保たれる.
2009年12月9日逝去(事務局注).
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