日本のコンピュータパイオニア:飯島 泰蔵

飯島 泰蔵飯島 泰蔵
(いいじま たいぞう)
1925〜

飯島泰蔵は1925年9月24日生まれ.1948年東京工業大学電気工学科を卒業,直ちに逓信省電気試験所(後の電子技術総合研究所)に入所し,基礎部長後藤以紀の下で電磁界に関する基礎理論研究に取り組む.積分方程式理論に格別の興味を持ち,同理論を駆使することによって,アンテナ系の基本問題である「円形導波管からの電波放射問題」に対し,その厳密解を求めることに世界で初めて成功した.以来一貫して展開されるようになった関数解析的な理論研究の基盤は,この研究を通して築かれたものである.

飯島は同所電子部に移ってしばらくの後,機械翻訳機の開発に関連して我が国初の文字認識装置の開発を手がけたが,このことが契機となって,本格的なパターン認識理論の研究に乗り出すことを決意した.それはパターン情報の解明には,関数解析的な考察が不可欠であると見抜いた結果によるものだったのである.そして1965年,視覚パターンの認識に関する統一的な基礎理論体系を確立するに至った.この理論体系の中には,視覚でとらえられる映像に本来ガウス型のボケが伴う事実を解明したこと(欧米に先行すること約20年前)や,世界に先駆けて線形特徴抽出理論(K-L展開法)を構築したことなどの,際だった成果が含まれている.

それから程なく通産省では,超高性能電算機の研究開発プロジェクトが開始されたが,飯島はその中で独創的な文字読取装置(OCR)の開発を目指すこととなり,5年後の1971年,超高性能OCR「ASPET/71」の研究開発に成功した.このOCRの設計には,前記基礎理論体系と新たに飯島によって発明された「複合類似度法」とがその主役を演じていたが,それまで不可能とされていた低品質文字の読み取りが,初めて可能になったことで,OCR技術の飛躍的発展に貢献するところとなった.漢字読取装置や郵便番号読取区分機は,この技術によるところが大きい.

飯島は,その後さらに多方面にわたる独創的研究をも手がけているが,東京工業大学教授,東京工科大学教授,北陸先端科学技術大学院大学副学長を歴任した後は,創研の代表取締役として現在に至っている.


(2003.8.22現在)